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■プロフィール

Rabbit

Author:Rabbit
50代(男性)
私大法学部卒
東京都内に生息
海外留学・海外赴任経験なし
趣味は英語学習と居酒屋巡り
著書は以下の通り
『サラリーマン居酒屋放浪記』
『サラリーマンのごちそう帖』
『TOEIC L&Rテスト860点奪取の方法』
『TOEIC L&R TEST 上級単語特急 黒のフレーズ』
『TOEIC L&R TEST 超上級単語特急 暗黒のフレーズ』

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あれから10年
名古屋勤務から東京に戻ってきて2年が経とうとしていた頃だった。英語を使う会社に異動となり、海外との慣れないEメールのやりとりに四苦八苦しながら、ひとりの部屋に戻れば、ひたすら文法特急の解説を繰り返す毎日でした。

10年前の今日は、関西の大手企業と商品のレート交渉があって、自社のトップを帯同しての勝負のプレゼンだった。前の日はプレゼンの練習を何回も繰り返していてほぼ寝ていない状態でした。東京から新大阪までの新幹線の中でもイメージトレーニングを繰り返していた。

そう。その時間にはまだ、あの凄惨な災害が起こることなど微塵も考えていなかったのです。

13:00のアポイントで、約1時間半のプレゼンを終え、脱力しかかっていたけれど、その日のやりとりを忘れないうちに紙に書き起こそうと、某企業の1階の喫茶室で、上席とミーティングの内容を思い出しては紙に書きなぐっていた時。

突然、視界がぐにゃりと曲がった。

一瞬、自分の脳がどうにかなったのかと思い、慌てたが、周りの人達の様子も尋常ではない。恐る恐るソファから立ち上がると、フロア全体が大きく揺れているではないか。直後、「地震発生!地震発生!エレベーター緊急停止!」とのアナウンスが館内に響き渡った。左腕のG-shockは14:46を示していた。

大阪の中心にいてこれだけ揺れるということは、てっきり南海トラフの大地震が起こったのかと思ったのですが、なんと震源地は遠く離れた東北沖であったことを後で知る。急ぎタクシーに乗り、新大阪駅に向かうも、到着した時には既に登りの新幹線はすべて止まっていました。

その日のうちに東京へは帰れないことが判明し、東京のオフィスに電話をかけるも全く通じない状況で、事態の深刻さがじわじわと伝わってくる。宿を確保しようとビジネスホテルに電話をかけまくったが、15時前にして何処もかしこも予約で一杯。街の中心から少し離れた場所にかつて宿泊したことがあるホテルがあったことを思い出し、電話すると、ダブルルームであれば1室だけ空きがあると言われ、即予約した。

宿がとれたことで一安心し、そう言えば、身内が大阪にいたことを思い出し、事の顛末を話して、夕食を共にすることにした。もう帰れないし、じたばたしても仕方ない。夕刻、待ち合わせて、寿司屋に連れて行ってもらい、その後、隣のビルのバーで軽くウイスキーを飲んでいた。

その時は、街の様子も店内の様子もいつもとそう変わらない様子だった。地震、揺れたよねえ、という声は少し聴こえてきたけれど、大阪の街では誰も慌てている様子はない。でも何だか、心が騒ぎ出して仕方ないので、連れとは分かれ、タクシーで宿屋に向かった。車内には漫才の音声が流れていたのを薄っすらと覚えている。

程なく宿に到着。お疲れさんです。毎度おおきに。受付で簡単なやりとりをして部屋のキーを受け取り、エレベーターで部屋へ向かう。エレベーターは問題なく稼働中だ。やっぱり大したことなかったのかな。期待と不安が入り乱れる心を抑えて、部屋の鍵を空ける。

まっさきにしたことはテレビのスイッチをオンにすることだった。どの局だったかまるで覚えていないが、そこには生まれてこのかた、見たこともない凄惨な光景が映っていた。

え? 津波?? 津波???

そのまま半時ほども立ち尽くしていただろうか。時間が止まっていて、どれだけ経過したのか感覚が分からない。先程、分かれた連れから電話の着信があり、東北が大変なことになっているぞと言われた。知ってるよ。今、心がそこに飛んでいるから。心も身体も震えていた。

あれから10年が経った。

あの悲惨な東日本大震災を忘れてはいけない。忘れようもないけれど、あまりにも辛くて目をそむけたくなるけれど、忘れてはいけない。まだ何も終わっていない。

翌年から、僕は、尊敬する花田先生率いる花田塾のチャリティセミナーに参加するようになり、今も東北の復興支援に携わっている。あの大災害が人々の記憶から薄れていかないように、忘れ去られてしまわないように、被災地の人達だけが取り残されてしまうことがないように、これからも生きている限り、何らかの形で復興支援を続けていきたいと思っている。

あれから10年が経った。

でも、

まだ、

何も終わっていないから。

ではでは。

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未分類 | 06:03:27 | トラックバック(0) | コメント(0)