速く読めれば解答できた、正解を選べた。そういう前提なのですかね?う~ん、果たしてそうなのでしょうか?与えられた時間が75分ではなくて90分あれば、ゆっくり自分のペースで読むことができていたら、全問正解できた筈だ。そういうことでしょうか?
何だか違うような気がする。
ゆっくり読んでも分からなかったんじゃないの?
皆さんが声を揃えて、次のように言います。「Pat5とPart6で20分もかかってしまいました。だから、Part7に充てる時間がいつもより少なかったんです。」現実としてはその通りなんでしょう。僕も似たようなものでした。
しかし、僕は前回の公開テストで大失敗して、気づいてしまったのです。ああ、もう少し時間があれば、もう少しゆっくり読ませてくれれば間違えなかったのに・・・。皆の感想が同じだから、僕もテスト直後はそう思っていたけど、はっきり気づいてしまったのです。これは絶対違うなって。
真実は、ゆっくり読んだけど間に合わなかったのです。もっと正確に言えば、ゆっくり読んでも英文の意味がとれないから、何度も読み返したわけです。読み返したところは何とか理解できたから、Part5、Part6、Part7の最初ほうの文書(SP)は正解できているわけです。
だけど、ここで時間が足りないことに気づいた。だからもう、〝そこから先はゆっくり読めなかった〟のです。Part7の最後のほうの文書(MP)は、時間に追われて慌ただしく読んだから、満足な結果が得られなかった。
ここだけに目を奪われると、今後の学習方針を間違えてしまう。実は、ゆっくり読めなかったのは、最後の10分~20分だけです。それ以外は、十分ゆっくり読んだんだ。
後半戦が読めなかったんじゃないんだ。実は、前半戦から、つまり、Part5から既に読めてなかったんだ。何度も読み返したから最終的には理解できて正解できた前半戦。実はここにポイントがあると思っている。
つまり、一度読んで完全に理解できなかったという点に失敗の真の原因があって、そこを克服しないと何度でも同じ失敗を繰り返すことになる。何故、Part5とPart6に思っていたより時間がかかってしまったのか?何故、Part7のSPから悩みまくったのか?
おそらくそれは、英文を読んで理解する基礎が欠落していたからなんだ。基本を疎かにしていたから、メッキが剥がれたんだ。僕はそのように自己分析しています。前半戦を一度読んですんなり理解していたら、時間不足に陥ったりしなかった。
僕が自分自身に出した結論は、〝実は、リーディングパートの最初から読めていなかった〟です。勿論、全く読めていなかったという意味ではありません。英文の一文一文を一発で100%理解できていなかったという意味です。
ETSが我々に投げ掛けてきている挑戦状は、〝もっと速く読め〟ではなくて、もっと〝しっかり読め〟ということなんじゃないかな。僕はそう思う。しっかり読めていないから頭に残らず、何度も読み返す羽目になるのです。
TOEICテストの最近の傾向と対策を〝読解スピード重視〟だと勘違いした学習者達は、こぞって文字数の多い問題集を解きまくるのかもしれないけど、それこそ、ETSの術中に嵌ることになる。手元にある公式問題集を、曖昧な理解を残すことなく丁寧に読み込んでいくことが、目標達成への唯一の近道だと思う。
丁寧に読むことを忘れてしまった学習者のもとには、速く読める未来など決して訪れはしない。
自戒の念を込めて、本稿を綴っておきます。
ではでは。
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